
1992年に公開されたシリーズ第3作『エイリアン3』は、前作の“戦うエイリアン”から一転し、救いのない閉鎖空間での“孤独と絶望”を描いた異色作です。監督は、後に『セブン』『ファイト・クラブ』を手がけるデヴィッド・フィンチャーの長編デビュー作。
武器も仲間もなく、逃げ場のない刑務所惑星で再び恐怖と向き合うリプリー。シリーズの中でも最も重く、最も静かで、そして最も“残酷な現実”が突きつけられる作品です。
『エイリアン』シリーズ
全体目次(第1回〜最終回)
- 『エイリアン』総括編──未知の恐怖に触れる“シリーズの魅力”
- 『エイリアン1』(1979)──SFホラーの原点となった“最初の恐怖”
- 『エイリアン2』(1986)──恐怖が再び目を覚ます
- 『エイリアン3』(1992)──絶望の中で“孤独な恐怖”が目を覚ます
- 『エイリアン4』(1997)──再生がもたらす“新たな恐怖”
- 『プロメテウス』(2012)──“起源”へと遡る神話が始まる
- 『エイリアン:コヴェナント』(2017)──“創造”が生む新たな恐怖
第3作『エイリアン3』(1992)──逃げ場のない絶望が始まる
前作の戦いから生還したリプリーは、宇宙を漂流した末に刑務所惑星フィオリーナ161へ墜落します。そこは凶悪犯ばかりが収容された、武器の存在すら許されない閉鎖施設。女性はリプリーただ一人。宗教的な戒律に縛られた囚人たちとの緊張感が漂う中、再び“あの恐怖”が姿を現します。
しかも今回は エイリアンが1体だけ。しかしその1体が、武器も仲間もない状況では“最悪の脅威”となっていきます。
あらすじ:閉ざされた刑務所惑星での“孤独な恐怖”
リプリーは墜落後、囚人たちの監視下で生活を始めます。しかし、施設内で不可解な死が続き、やがてエイリアンが潜んでいることが判明します。
囚人たちは武器を持たず、戦闘訓練も受けていない一般人。それでも彼らはリプリーとともに、知恵と勇気だけを頼りにエイリアンに立ち向かうことになります。
そしてリプリーは、自らの運命が静かに変わり始めていることを悟り、 物語はシリーズの中でも最も深い余韻を残す結末へと向かいます。
『エイリアン3』が“今も語られる理由”
● シリーズで最も救いのない世界観
暗く、冷たく、逃げ場がない。フィンチャーらしい陰鬱な空気が全編を支配する。
● 武器なし・仲間なしの極限状況
海兵隊の火力に頼れた前作とは真逆。“人間の弱さ”がむき出しになる。
● リプリーのキャラクターが到達する“終着点”
彼女の選択は、シリーズの中でも最も重く、最も美しい。
● エイリアンのデザインが大きく変化
本作ではエイリアンの造形が前作までとは異なるアプローチで表現され、 より俊敏で獣のような動きを見せる“新たな恐怖”が描かれています。 この変化によって、作品全体の緊張感がさらに高まりました。
制作の裏話:混乱の中で生まれた“異質なエイリアン”
● フィンチャーは脚本に満足していなかった
撮影中に脚本が何度も書き換えられ、監督は大きなストレスを抱えていたと言われている。
● 撮影現場は混乱続き
スタジオ側との衝突も多く、完成版はフィンチャーの本意ではなかった。
● それでも“異様な雰囲気”が作品の魅力に
混乱が生んだ不安定さが、逆に作品の“救いのなさ”を強調する結果となった。
● 新たなエイリアン像の追求
本作では、エイリアンの動きや存在感をより生物的に見せるための新しい表現が取り入れられ、 シリーズの中でも独特の恐怖が生まれている。
次回予告:『エイリアン4』──再生と変異がもたらす“新たな恐怖”
次回は、シリーズの方向性が大きく変わる『エイリアン4』(1997)を取り上げます。“再生”と“変異”がテーマとなり、リプリーの物語は新たな段階へと進んでいきます。

シリーズの中でも『エイリアン3』は特に胸に残りました。 武器も仲間もいない状況で、リプリーが孤独に立ち向かう姿は、これまでの“戦うエイリアン”とはまったく違う緊張感を生み出しています。救いのない世界観に息をのむ一方で、彼女の選択が胸に深く刺さり、観終わった後もしばらく余韻が消えませんでした。
