S100

青を追いかけた日々

第6回:「S100』/ 旅の終着地。私のデスクに「山形の青」が灯る日。(最終回)

1978年、あの文房具屋のショーケース越しに始まった私の旅は、 今、一つの答えに辿り着こうとしている。数々の資料を読み込み、構造を紐解き、山形の工場の風景に思いを馳せてきた。 まだ私の手元にその実物はないが、不思議なことに、私の心はすでにあ...
青を追いかけた日々

第3回:「S100』/ 山形カシオという聖地。マザーファクトリー。

地図を眺めながら、私は自分の「無意識」に驚いていた。 カシオの最高峰電卓・S100を生み出している「山形カシオ」の所在地。それは、私が趣味のドライブやツーリングで、毎年欠かさず走り通っていた国道13号線のすぐそばにあったのだ。いつも眺めてい...
青を追いかけた日々

第5回:「S100』/ 指先が想像する「正解」。V字ギア構造への期待。

カタログの仕様表を読み込み、内部構造の図解を凝視する。 実物を手にする前のこの時間は、技術屋にとって最も愉しく、かつ真剣な「シミュレーション」のひとときだ。私がS100に対して、ある種の畏怖すら覚えて期待しているのは、そのキーの内部に秘めら...
青を追いかけた日々

第4回:「S100』/ 1978年の少年への回答。画面越しに伝わる「削り出し」の官能。

1978年、西日に照らされた文房具屋のショーケース。 あの時、私の目を奪ったのは、電卓が纏っていた「金属の輝き」だった。それから48年、私はまだその「正解」をこの手に握ってはいない。しかし、画面越しに眺めるカシオS100の姿は、48年前のあ...
青を追いかけた日々

第2回:「S100』/ 道具の「手応え」を求めて。技術屋が電卓に求める美学。

「計算ができれば、どんな電卓でも同じではないか」効率を優先する現代において、そんな声が聞こえてきそうだ。 しかし、自作PCの内部配線に美しさを見出し、お城の石垣の積み方にため息をつくような私にとって、道具とは単なる「機能の塊」ではない。それ...
青を追いかけた日々

第1回:「S100』/ 原点は1978年。将棋大会の帰りに震えた「カシオの電卓」の衝撃。

記憶の針を、1978年(昭和53年)へと戻してみる。 当時、小学6年生だった私の心は、二つの「知性」に揺さぶられていた。ひとつは、祖父の隣でぼんやりと教わった「将棋の技術」。 もうひとつは、文房具屋のガラス越しに見た「電卓の魔法」だ。縁側で...
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