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第5回:自動交換機とダイヤル式の時代

電話をかけると、まず人が出ていた。 相手の番号を告げ、つないでもらう――それが当たり前の時代があった。

電話は便利だったが、自由ではなかった。 通話は人の手を経由し、時間も、秘密も、限界があった。

やがて電話は増えすぎた。 人では追いつかないほどに。

「人を介さずにつなぎたい」 その願いが、電話を次の時代へ押し出していく。

ここから、電話は“機械の仕事”になっていく。


電話の歴史シリーズ
 全体目次(第1回〜最終回)


目次(上)
  1. 手動交換から自動交換へ
    1. 電話は「人の仕事」だった
    2. 増えすぎた電話
    3. 人を介さずにつなぎたい
    4. 電話は次の段階へ
  2. ステップ・バイ・ステップ交換機の仕組み
    1. 機械が電話をつなぐとはどういうことか
    2. ストロージャー式交換機の基本構造
      1. 一段ずつ動く仕組み
    3. 番号はどうやって伝えられたのか
      1. ダイヤルと電気信号
    4. 「パチパチ音」の正体
      1. 機械が動いている証拠
    5. 日本での導入と普及
      1. 手動と自動が混在した時代
    6. 次の時代への限界
      1. 機械式交換の弱点
  3. ダイヤル式電話の誕生と普及
    1. 電話は「自分で操作するもの」になった
    2. ダイヤルという新しい操作
      1. 回すことで番号を伝える
    3. なぜダイヤルだったのか
      1. 当時の技術が選んだ形
    4. 日本でのダイヤル普及
      1. 大正から昭和へ
    5. 「ダイヤルを回す」という文化
      1. 昭和中期の定着
  4. 電話番号体系の誕生
    1. 電話に「住所」が必要になった
    2. 番号で人を探すという発想
      1. 名前から数字へ
    3. 市内局番と市外局番
      1. 番号が階層化されていく
    4. 番号が増えるということ
      1. 桁数の拡張
    5. 自動交換機や電話機は変わらなかったのか
      1. 仕組みを保ったままの拡張
    6. 電話帳という巨大なインフラ
      1. 番号を「探す」文化の誕生
    7. 番号が社会に与えた影響
      1. 社会装置としての完成
  5. 公衆電話の進化と社会インフラ化
    1. 電話は「みんなのもの」になった
    2. 公衆電話の誕生
      1. 街に置かれた電話
    3. 赤電話と街のコミュニティ
      1. 委託公衆電話という存在
    4. ダイヤル式公衆電話の普及
      1. 操作の共通化
    5. 硬貨を入れるという仕組み
      1. 通話に「時間」と「料金」が生まれる
    6. 音と空間の記憶
      1. 公衆電話が刻んだリズム
    7. 公衆電話が支えた社会
      1. いつでも、どこでも、誰でも
    8. 社会インフラとしての完成
      1. 電話は「当たり前」になる
    9. 次回へ

手動交換から自動交換へ

電話は「人の仕事」だった

電話が普及し始めた頃、 通話をつないでいたのは 交換手 だった。

受話器を取ると、まず交換手が応答し、 相手の番号を告げてつないでもらう。 電話は、必ず人の手を経由して成立していた。

増えすぎた電話

やがて都市化が進み、電話加入者は急増する。

  • 企業間の連絡
  • 官庁・銀行・新聞社
  • 家庭への普及

通話は昼夜を問わず発生し、 交換手の数と処理能力には限界が見え始めた。

  • つながるまで待たされる
  • 夜間は対応できない
  • 人為的なミスも避けられない

電話は便利になったが、 同時に 不自由さ も抱え始めていた。

人を介さずにつなぎたい

ここで生まれたのが、 「人の代わりに機械がつなぐ」という発想だった。

  • 番号を指定すれば
  • 機械が自動で相手を探し
  • 直接つながる

交換手を介さない電話。 それは、スピードと効率を同時に手に入れる方法だった。

電話は次の段階へ

こうして電話は、 人の仕事から、機械の仕事へ と移行し始める。

この変化を支えたのが、
次章で紹介する 自動交換機 である。

ステップ・バイ・ステップ交換機の仕組み

機械が電話をつなぐとはどういうことか

自動交換機とは、人の代わりに 番号を読み取り、相手を探し、回線をつなぐ機械である。

だが、コンピューターのない時代、 この作業はすべて 物理的な動き によって行われていた。

その代表が、 ステップ・バイ・ステップ交換機(SxS交換機) である。

ストロージャー式交換機の基本構造

一段ずつ動く仕組み

ステップ・バイ・ステップ交換機は、 名前の通り 一段ずつ動きながら番号を選択する 方式を採っていた。

  • 縦方向に動くステップ
  • 横方向に動くスイッチ
  • 上下動と回転を組み合わせた接点選択機構

番号が入力されるたびに、 機械は カチ、カチ と動き、 目的の回線へと近づいていく。

番号はどうやって伝えられたのか

ダイヤルと電気信号

利用者がダイヤルを回すと、 回した回数に応じた 電気信号(パルス) が送られる。

  • 1回 → 1パルス
  • 5回 → 5パルス
  • 0 → 10パルス

交換機はこの信号を受け取り、 その回数分だけ 物理的に動作 する。

こうして番号の一桁ごとに、 回線の選択が進められていった。

「パチパチ音」の正体

機械が動いている証拠

古い電話局では、 通話が集中すると パチパチ、ガチャガチャ という音が響いていた。

これは故障ではない。 交換機が実際に動いている音だった。

  • 接点が切り替わる音
  • スイッチが上下左右に動く音
  • 回線が確定する音

電話は、 目に見えないが、確かに動いている機械 だった。

日本での導入と普及

手動と自動が混在した時代

日本でも、 手動交換の限界が見え始めると、 都市部から順に自動交換機が導入されていく。

  • 大都市から地方へ
  • 局ごとに段階的に更新
  • 手動と自動が混在する時代も存在した

完全な自動化には時間がかかったが、 この仕組みが 電話網拡大の土台 となった。

次の時代への限界

機械式交換の弱点

ステップ・バイ・ステップ交換機は画期的だったが、 弱点も抱えていた。

  • 機械部品が多く、故障しやすい
  • 大規模化に限界がある
  • 保守に人手がかかる

それでもこの方式は、 電話を人の手から解放した最初の技術 だった。

ダイヤル式電話の誕生と普及

電話は「自分で操作するもの」になった

19世紀末、アメリカで生まれた自動交換機は、 電話の使い方そのものを変えた。

それまで電話は、 番号を口で伝え、交換手につないでもらうものだった。

しかし1891年、 アメリカ合衆国でアルモン・B・ストロージャーが 自動交換機の特許を取得すると、 利用者自身が番号を指定する必要が生まれる。

その操作方法として採用されたのが、 ダイヤル式電話である。

ダイヤルという新しい操作

回すことで番号を伝える

ダイヤル式電話は、 20世紀初頭のアメリカで実用化された。

利用者は指でダイヤルを回し、 その回数によって番号を入力する。

  • ダイヤルを回す
  • 指を離す
  • 元の位置に戻る

この一連の動作によって発生する電気信号が、 遠く離れた電話局の交換機を動かしていた。

電話は、 話す道具であると同時に、操作する機械になった。

なぜダイヤルだったのか

当時の技術が選んだ形

1900年代初頭、 現在のような電子部品や押しボタンは存在していなかった。

その中でダイヤルは、

  • 構造が単純
  • 機械的に信頼性が高い
  • 自動交換機と直接連動できる

という理由から選ばれた。

人の動きを、 そのまま機械の動作に変換できる―― それがダイヤルという仕組みだった。

日本でのダイヤル普及

大正から昭和へ

日本でダイヤル式電話が導入されたのは、 1926年(大正15年)である。

  • 導入主体:逓信省
  • 導入地域:東京・大阪などの大都市

ただし普及は一気には進まなかった。

  • 手動交換と自動交換が混在
  • ダイヤル式と手動式の併存
  • 地域による大きな差

利用者は、 新しい操作に少しずつ慣れていった。

「ダイヤルを回す」という文化

昭和中期の定着

1950年代から1960年代にかけて、 高度経済成長とともに電話加入者は急増する。

この時代、 ダイヤル式電話は家庭にも広く普及し、

  • 電話番号を覚える
  • 電話帳を引く
  • ダイヤルを回して連絡する

といった行為が、 日常の一部として定着していった。

電話は、 特別な装置から 誰もが使う生活道具へと変わったのである。

電話番号体系の誕生

電話に「住所」が必要になった

1920年代以降、 自動交換機とダイヤル式電話が普及すると、 電話は人を介さず、直接つながる道具になった。

しかしその一方で、 新たな問題が生まれる。

相手をどうやって特定するのか。

交換手がいない以上、 電話は番号だけを頼りに相手を探さなければならなかった。

こうして電話には、 番号という「住所」が必要になった。

番号で人を探すという発想

名前から数字へ

手動交換の時代(19世紀末〜20世紀初頭)、 利用者は相手の名前や所属を伝えればよかった。

だが1920年代以降、 自動交換が本格化すると、 機械が理解できるのは 数字だけ である。

人の名前というアナログな情報は、 機械のために 数字という形式 に置き換えられていった。

電話番号は、 人と回線を結びつけるための 機械向けの言語として整備されていく。

市内局番と市外局番

番号が階層化されていく

電話加入者が増え始めた1930年代以降、 単純な番号では対応できなくなっていった。

そこで考え出されたのが、 番号を 段階的に分ける という方法である。

  • 市外局番:地域を示す
  • 市内局番:電話局を示す
  • 加入者番号:個人や家庭を示す

市外通話では、 最初に「0」を回すことで、 交換機は市内用の回路から 遠距離通信専用のルートへ切り替わる。

番号そのものが、 交換機の動きを制御する役割を持っていた。

番号が増えるということ

桁数の拡張

都市が拡大し、 電話加入者が増えると、 電話番号は次第に 桁数を増やしていった

  • 初期は 3桁(1920年代)
  • やがて 4桁(1930〜40年代)
  • さらに 5桁(1950年代以降)

地域によって桁数が異なる時代もあり、 大都市ほど長い番号が割り当てられた。

番号の長さは、 その街にどれだけの「住所」が必要かを示す 見えない指標でもあった。

自動交換機や電話機は変わらなかったのか

仕組みを保ったままの拡張

番号の桁数が増えても、 自動交換機や電話機の基本構造は大きく変わらなかった

  • ダイヤルの操作方法は同じ
  • 信号の送り方も同じ
  • 交換機は一段ずつ動き続ける

変わったのは、 つなぐ先の数と構成だった。

交換機を増設し、 電話局を分け、 番号を階層化することで、 同じ仕組みのまま電話網は拡張されていった。

電話帳という巨大なインフラ

番号を「探す」文化の誕生

番号が増え、 覚えきれなくなると、 電話帳が重要な役割を担うようになる。

日本では1930年代以降、 電話帳は急速に厚みを増していった。

電話帳に番号が載ることは、 単なる連絡先以上の意味を持っていた。

それは、 社会の中で「つながる存在」として 認められた証でもあった。

番号が社会に与えた影響

社会装置としての完成

1950年代以降、 電話番号の体系化が進むと、 電話は単なる通信手段を超えていく。

  • 企業活動
  • 行政サービス
  • 緊急通報(110・119)

番号は、 社会の中で人を特定し、 行動を可能にする鍵となった。

電話は、 社会そのものを動かす装置になったのである。

公衆電話の進化と社会インフラ化

電話は「みんなのもの」になった

電話番号体系が整い、 自動交換機とダイヤル式電話が普及すると、 電話は家庭や職場だけのものではなくなっていく。

誰でも、必要なときに使える電話。

その象徴が、 公衆電話である。

電話はここで、 個人の所有物から 社会全体で共有されるインフラへと変わり始めた。

公衆電話の誕生

街に置かれた電話

日本で公衆電話が本格的に設置され始めたのは、 1920年代から1930年代にかけてである。

  • 郵便局
  • 官庁
  • 商店の軒先
  • 街角

人が集まる場所に、 誰でも使える電話が置かれていった。

公衆電話は、 自宅に電話を持たない人でも社会とつながれる手段だった。

赤電話と街のコミュニティ

委託公衆電話という存在

初期の公衆電話の多くは、 商店などに設置された 赤電話(委託公衆電話) だった。

  • 店主が管理
  • 地域の連絡拠点
  • 近所の人が集まる場所

赤電話は、 単なる通信設備ではなく、 街の「顔」として機能していた。

ダイヤル式公衆電話の普及

操作の共通化

公衆電話にも、 家庭用と同じ ダイヤル式電話 が採用された。

  • 受話器を取る
  • ダイヤルを回す
  • 通話する

操作が共通だったことで、 人々は迷わず電話を使うことができた。

電話の使い方は、 社会全体で共有される知識になっていった。

硬貨を入れるという仕組み

通話に「時間」と「料金」が生まれる

公衆電話では、 通話の前に 硬貨を入れる 必要があった。

  • 硬貨を入れる
  • 通話する
  • 時間が来ると切れる

1950年代には、 10円で3分間という 「3分打ち切り制」が導入される。

この仕組みは、 人々に

  • 要件を手短に伝える
  • 話す順番を考える

という、 効率的なコミュニケーション感覚を育てた。

音と空間の記憶

公衆電話が刻んだリズム

公衆電話には、 独特の音があった。

  • 硬貨が落ちる「チャリン」
  • 終了間際の「プップップッ」

それらは、 社会とつながっている時間を知らせる合図だった。

また、 街角の電話ボックスは、 騒がしい日常の中で プライバシーが守られる小さな個室でもあった。

公衆電話が支えた社会

いつでも、どこでも、誰でも

1950年代から1960年代、 高度経済成長とともに、 公衆電話は全国へと広がっていく。

  • 仕事の連絡
  • 家族への連絡
  • 緊急時の通報(110・119)

公衆電話は、 人々の生活を静かに支え続けた。

電話は、 持っている人だけのものではなくなった

社会インフラとしての完成

電話は「当たり前」になる

公衆電話の普及によって、 電話は完全に社会に組み込まれた。

  • 連絡が取れること
  • 助けを呼べること
  • 情報が届くこと

それらは、 特別なことではなく 社会の前提条件になっていく。

電話は、 社会が機能するための 基盤の一つとなったのである。

次回へ

こうして電話は、 家庭から街へ、 そして社会全体へと広がった。

次回は、 この電話網がさらに進化し、 アナログからデジタルへと移り変わる過程を見ていく。

第5回 終了


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