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第6回:「S100』/ 旅の終着地。私のデスクに「山形の青」が灯る日。(最終回)


【連載】CASIO S100:48年の憧れ(全6回)


1978年、あの文房具屋のショーケース越しに始まった私の旅は、 今、一つの答えに辿り着こうとしている。

数々の資料を読み込み、構造を紐解き、山形の工場の風景に思いを馳せてきた。 まだ私の手元にその実物はないが、不思議なことに、私の心はすでにあのアルミの冷たい感触を知っているかのような、奇妙な安堵感に包まれている。

縁(ふち)に宿る、オシアナスブルーの記憶

S100のカタログを眺めていて、最後に見入ってしまうのが、筐体のエッジに施された「ブルー蒸着」の輝きだ。

カシオの時計「オシアナス」にも通ずる、深く、透明感のある青。 それは、私が国道13号線を走りながら見上げた山形の空の色であり、あるいは最上川の川面に反射する陽光の色かもしれない。

技術屋として、私はこの「青」に、単なる装飾以上の意味を感じてしまう。 それは、山形カシオというマザーファクトリーが、その誇りをかけて刻印した「信頼の証」なのだ。

あのダイヤカットされたエッジに光が走るたび、私は自分の人生が、山形という土地や、カシオという技術者の集団と、密かに繋がっていることを再確認するだろう。

48年越しの「自分への約束」

かつて、文房具屋のガラスを隔てて電卓を見つめていたあの頃、私は「いつか、こんな本物を手に入れたい」と願った。 その願いは、忙しい日々のなかで、自作PCの配線に没頭する楽しさや、お城の石垣を眺める静かな時間に形を変えて、私の中に生き続けてきた。

今、大人になった私がS100を迎えようとしているのは、単に「高性能な電卓が欲しい」からではない。

「あの時の少年が信じた『本物への憧れ』は、間違いではなかった」

そのことを、自分自身に証明するためなのだと思う。 3万円という価格は、電卓の対価ではなく、48年間その想いを持ち続けてきた自分への、そして真摯にモノづくりを続けてきた職人たちへの、敬意の証なのだ。

始まりの、その先へ

この連載を書きながら、私は改めて「道具を愛でる」ということの意味を噛み締めていた。 良い道具は、ただ仕事を助けるだけではない。手にするたびに、自分の原点を思い出させ、背筋を伸ばしてくれる。

いつか私のデスクにS100が鎮座する日。 アルミの筐体が放つ鈍い輝きと、エッジに灯る山形の青い光。

それを見たとき、私の長い旅は一度完結し、そしてまた、新しい思考の旅が始まるのだろう。

1978年のあの西日のなかに立っていた少年に、今なら胸を張って言える。 「その先には、素晴らしい『本物』が待っているぞ」と。

第6回(完)


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