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【インテル】第6章:AMDとの戦いと x86 の成熟(1997〜2010)

絶対王者として君臨したインテルの前に、史上最強のライバルAMDが立ちはだかります。

1990年代後半から2000年代、それはCPUの**「性能競争」**が極限まで加速した時代でした。

本章では、インテルが最大の危機に直面し、そこから這い上がった激闘を辿ります。

  • 1GHzの壁:AMD「Athlon」との、世界最速をかけたデッドヒート
  • Pentium 4の苦闘:高クロック路線の限界と、史上最大の誤算
  • Core 2 Duoの衝撃:インテルを救った「効率重視」への大転換

「速さこそ正義」だった時代から、**「ワットパフォーマンス」**の時代へ。

ライバルとの死闘がいかにしてCPUを驚異的な進化へと導いたのか。 x86アーキテクチャが成熟し、インテルが「効率の怪物」として復活を遂げる物語を紐解きます。

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Pentium II──“50万円のIBM PC”が象徴した高級時代(1997〜1998)

1997年、Intelは Pentium II を投入し、PC市場は新たな時代へ入った。 この頃、日本では IBM製DOS/V機が圧倒的なブランド力 を持っていた。

  • Aptiva S シリーズ(黒い筐体の高級モデル)
  • Aptiva E シリーズ(家庭向け普及モデル)
  • PC 300 / 700 シリーズ(法人向け)

当時の価格帯は次の通り。

シリーズターゲット当時の価格帯(目安)
Aptiva Sハイエンド個人向け40〜50万円(モニター込みで50万円超え)
Aptiva E一般家庭向け20〜30万円
PC 300 / 700法人向け25〜45万円

特に Aptiva S シリーズは、Pentium II 266MHz 搭載モデルで 40万円を軽く超え、 17インチCRTモニターをセットにすると 50万円コース が普通だった。

“高いけれどIBMだから買う”という価値観が成立していた最後の時代。

Windows 95 の社会現象、インターネット普及、企業のPC導入ラッシュが重なり、 IBMは“世界標準PCの王者”として君臨していた。

自作PC文化の爆発──Pentium IIは“自作の象徴”

メーカーPCが50万円する一方で、 自作PCなら 20〜25万円で同等以上の性能 が手に入った。

  • ATX規格の普及
  • パーツの互換性向上
  • 秋葉原のショップ文化
  • S3、Matrox、Canopus などのビデオカードの台頭

この“価格差の衝撃”が、自作PC文化を一気に加速させた。

そして伝説──Celeron 300A の登場(1998)

Pentium II 時代の象徴として忘れてはならないのが Celeron 300A

  • 300MHz → 450MHz へ簡単にオーバークロック
  • Pentium II 450MHz を超える性能
  • 価格は Pentium II の半額以下
  • 自作ユーザーの間で“禁断の果実”と呼ばれた

「安いCPUで高級機を倒す」 という快感が、自作文化をさらに熱狂させた。

Pentium III──インテル黄金期のピーク(1999)

1999年、Intelは Pentium III を投入する。 これはPentium IIをさらに洗練させた名CPUで、 インテルの“黄金期の頂点”とも言われる。

  • SSE命令の導入
  • 高効率なP6アーキテクチャ
  • ノートPC市場でも大成功

しかし、ここからインテルは “クロック至上主義” に傾き始める。

Pentium 4──高クロックの罠と“爆熱の時代”(2000〜2004)

2000年、Intelは新アーキテクチャ NetBurst(Pentium 4) を発表する。

  • 超長パイプライン
  • 高クロック化を前提に設計
  • 理論上は4GHz、5GHzを目指す構造

しかし現実は厳しかった。

  • 発熱が異常に高い
  • 電力効率が悪い
  • 実アプリではPentium IIIより遅い場面も

特に Prescott(プレスコット) コアは爆熱の象徴だった。

  • TDP 100W超え
  • CPUクーラーを爆音で回しても冷えない
  • 夏場は本当に室温が上がる

自作ユーザーの間では、

「プレスキャット(猫のように熱い)」

と揶揄されるほどだった。

AMDの反撃──Athlonがインテルを初めて超えた(2000〜2003)

インテルが熱問題に苦しむ中、AMDは Athlon(K7) を投入する。

  • 高いIPC
  • 低発熱
  • 高効率アーキテクチャ
  • コスパが圧倒的

特に Athlon XP はPentium 4を多くの実アプリで上回り、 自作PC市場でAMDが初めて主役に躍り出た。

AMDは世界にこう示した。

「クロックではなく実性能が重要だ」

64ビット戦争──互換性を捨てたIntelと、互換性を守ったAMD(2003〜2005)

2003年、AMDは Athlon 64(K8) とともに、 x86を64ビットへ拡張する “AMD64” を発表した。

AMD64は

  • 32ビットアプリがそのまま動く
  • x86命令を壊さない
  • レジスタを増やし、アドレス空間を拡大
  • OSやドライバの移行が容易

という、互換性を守りながら未来へ進む設計 だった。

一方インテルは、 IA-64(Itanium) という“完全新設計の64ビットCPU”を推していた。

IA-64は

  • x86との互換性がほぼ無い
  • コンパイラ依存の特殊アーキテクチャ
  • ソフト資産が使えない

という、「互換性を捨てた未来」 を目指したCPUだった。

しかし市場は明確だった。

  • WindowsはAMD64を優先サポート
  • LinuxもAMD64を標準化
  • サーバー市場が一気にAMD64へ移行
  • ソフトメーカーもAMD64を中心に開発

そしてついに、インテルは決断する。

Intelは自社のIA-64路線を事実上放棄し、AMDが設計した64ビット拡張(AMD64)を採用した。 IntelはAMD64を Intel 64 として実装したが、その根幹はAMDが作った設計そのものだった。 互換性を守ったAMDが、互換性を捨てたIntelに勝った瞬間。 そしてその勝利は、世界の64ビットPCの基盤となった。

※IntelとAMDの間には広範なクロスライセンス契約が存在するが、AMD64の採用はその枠組みとは別に、AMDの設計が事実上の標準として受け入れられた結果である。

デュアルコア時代──AMDが先行(2005)

2005年、AMDは Athlon 64 X2 を投入し、 一般向けPCでのデュアルコアをいち早く実現した。

  • マルチタスク性能の向上
  • 発熱の抑制
  • 高効率な設計

この時期、AMDは“性能・効率・64ビット”のすべてでインテルを上回っていた。

Core 2 Duo──インテル史上最大の復活劇(2006)

2006年、インテルはついに反撃に出る。 それが Core 2 Duo(Conroe) だった。

  • Pentium 4路線を完全に捨てる
  • 低発熱・高効率の新アーキテクチャ
  • Athlon 64 X2を大幅に上回る性能

Prescott の爆熱を経験したユーザーにとって、 Core 2 Duo の 「静かで速い」 は衝撃だった。

この瞬間、勢力図は再び逆転し、 インテルがトップの座を取り戻した。

AMD、ATIを買収──CPUとGPUの統合へ(2006)

2006年、AMDは ATI(Radeon)を買収 する。

  • CPUとGPUの統合(APU)構想
  • ゲーミングPC市場への本格参入
  • Radeonブランドの強化

この買収は、後の APU時代(Ryzen APU) への伏線となり、 AMDの戦略を大きく変える転換点となった。

GPU時代の本格化──CPUだけでは語れない時代へ

2000〜2010年は、GPUが急速に進化した時代でもある。

  • NVIDIA GeForce
  • ATI Radeon(後のAMD Radeon)

これらのGPUが3Dゲームを飛躍的に進化させ、 PCは“ゲーム機”としても強力な存在になった。

CPUとGPUの役割分担が明確になり、 PC性能=CPU+GPUの総合力 という価値観が生まれた。

Windows 7──成熟したx86時代の完成形(2009)

2009年、Microsoftは Windows 7 を発売する。

  • Core 2 Duo
  • 初代 Core i シリーズ
  • 64ビット環境(AMD64)

これらに最適化され、 非常に安定した“完成形のOS” として高い評価を得た。

Windows 7 は、 x86成熟期の象徴 として2010年代へ続く基盤となった。

AMD vs Intel──競争がPCを進化させた

1997〜2010年のAMDとインテルの戦いは、 PC史における最も激しい競争だった。

  • AMDが革新を起こす
  • インテルが追い越す
  • 再びAMDが挑む
  • 互いに技術を磨き合う

この競争があったからこそ、 PCは驚異的なスピードで進化した。

そして今の Ryzen、Core i9 へと続く “x86の成熟” が生まれた。

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