
目次(1章〜最終章)
青が遠ざかっていった日々
仕事が変わり、スーツを着ることが少なくなっていった。 かつては当たり前のように腕に巻いていた時計も、 気づけば引き出しの奥で静かに眠るようになっていた。
高級な腕時計を必要とする場面は、ほとんどなくなっていた。 OCEANUSへの思いは心のどこかに残っていたが、 その青は、日常の喧騒の中でゆっくりと遠ざかっていった。
会社を起こしてからは、生活のリズムそのものが変わった。 会計業務や事務処理に向き合う時間が着実に増え、 数字と向き合う時間が、いつの間にか一日の大部分を占めるようになっていた。
電卓は、ただの道具ではなく、 仕事を支える“相棒”のような存在になっていった。 「使えればいい」という段階はとうに過ぎ、 長く使える上質なものを選びたいという気持ちが、 静かに、しかし確かに芽生えていた。
山形で生まれた静かな存在との出会い
そんなある日、東根市のふるさと納税の返礼品の中に、
CASIO山形工場で製造されている 高品質電卓・S100
を見つけた。
写真と仕様を眺めただけだったが、 そこには不思議な落ち着きと、凛とした佇まいがあった。 OCEANUSの青とは違うはずなのに、 どこか同じ思想が流れているように感じられた。
山形カシオ── かつてOCEANUSの青を生み出していた場所。 その工場で作られた電卓が、 今の自分の前にそっと姿を現したことに、 小さな縁のようなものを感じた。
実物を見たわけではない。 それでも、キーの配置や質感の説明を読むだけで、 手に馴染む道具としての姿が自然と想像できた。 まるで、長く使う未来の自分の姿が、 ぼんやりと浮かび上がるようだった。
電卓が“選択肢”として心に残るようになった
S100のことを知ってから、 仕事の合間にふとその電卓のことを思い出すことがあった。 特別な理由があるわけではない。 ただ、今の自分の生活に合う道具を考えると、 自然と候補のひとつとして浮かんでくるだけだった。
数字を扱う時間が増えるほど、 “手に馴染む道具”の価値が、以前よりもずっと大きく感じられた。 毎日触れるものだからこそ、 自分の感覚に合うものを選びたいと思うようになっていた。
高級な腕時計を必要とする生活ではなくなった。 それでも、上質なものを選びたいという気持ちは消えていなかった。 その思いが、時計ではなく電卓へ向いたのは、 今の自分の生活がそういう形になったからだと思う。
“青”を追いかけていた頃とは違う。 けれど、上質なものに心が動く感覚は、 あの頃と何ひとつ変わっていなかった。
今の自分に合う道具を選ぶということ
迎えるかどうかを決めたわけではない。 ただ、選択肢として心に残っている。 それだけのことだが、 日々の仕事を考えるうえで十分な意味があった。
S100は、強く主張するわけでもなく、 ただ静かに、必要なときに思い出される存在だった。 その控えめな佇まいが、 今の自分の生活にそっと寄り添っているように感じられた。
遠ざかったはずの青が、 別の姿でそっと近づいてきたように思えた。 それは、かつての憧れとは違う、 今の自分に寄り添う“青”だった。
最終章 終了
