
恐竜が再び世界を揺るがす──。 そんな刺激的なキャッチコピーだけでは語りきれないのが『ジュラシック・ワールド/新たなる支配者(Dominion)』(2022年)です。
本作が描くのは、恐竜が街に現れる驚きやスリルだけではありません。 人間社会の仕組み、科学技術の倫理、そして“支配”という概念そのものが揺さぶられる世界。 シリーズが長年積み上げてきたテーマが、ここで一気に現実味を帯びて迫ってきます。
この記事では、映画の核心に触れながらも、 「なぜこの作品がシリーズの転換点なのか」 「どんな思想が物語を動かしているのか」 という視点から、作品の魅力と意義を丁寧に読み解いていきます。
『ジュラシック』シリーズ
全体目次(総括⇒第1回〜最終章)
- 🦖 ジュラシック映画シリーズ総括編 ― 30年の進化をたどる「深化の系譜」 ―
- 「ジュラシック・パーク」が変えた映画の未来 ── 恐竜が“現実”になった日
- 「ジュラシック・パーク」/『ロスト・ワールド』が示した続編の深化──恐竜の成長と野生を描く
- 「ジュラシック・パーク III」が突きつけた対峙──恐竜と最も向き合った物語
- 「ジュラシック・ワールド」|ついに開園した夢と、失われた安全弁
- 「ジュラシック・ワールド」/『炎の王国』|恐竜と人間の“倫理”がぶつかる転換点
- 「ジュラシック・ワールド」最終章/『新たなる支配者』|人間は自然を支配できるのか
シリーズの転換点としての『Dominion』
『ジュラシック・ワールド/新たなる支配者(Dominion)』は、シリーズ全体を通して描かれてきた問い── 「人間は自然を支配できるのか」 に対して、ひとつの結論を提示する作品です。
前作までに恐竜は島を離れ、人間社会に溶け込む存在となりました。 本作は、その“共存”が現実となった世界で、人類がどのように秩序を保とうとするのかを描きます。
ここから物語は、単なる恐竜パニックではなく、 社会全体を巻き込む思想的なドラマへと進化していきます。
作品概要
- 公開年:2022年
- 監督:コリン・トレボロウ
- 主要キャスト:クリス・プラット、ブライス・ダラス・ハワード、ローラ・ダーン、サム・ニール、ジェフ・ゴールドブラム ほか
前作『炎の王国』から数年後。 恐竜は世界中に散らばり、人間と同じ空間で生きる存在となりました。
“Dominion(支配)”というタイトルが示すように、 本作は「誰が世界の主導権を握るのか」というテーマを軸に物語が展開します。
本作の核心テーマ:『支配』と『恐怖の構造』
支配者とは誰なのか?
本作では、支配の構造が多層的に描かれます。
- 人間 vs 恐竜:人類は恐竜を管理できるのか
- 国家 vs 企業:巨大企業バイオシンの影響力
- 科学 vs 自然:遺伝子技術の暴走
- 個人 vs 社会:メイジーの存在が象徴する倫理の揺らぎ
支配とは単純な上下関係ではなく、複数の力が絡み合う複雑な構造であることが示されます。
恐竜が象徴する“制御不能な未来”
恐竜はもはや怪物ではなく、 人類が制御できない未来の象徴として描かれます。
- 気候変動
- 遺伝子技術
- 生態系の破壊
- 企業の独占と倫理問題
現実社会が抱える問題を、恐竜という存在を通して可視化しているのが本作の特徴です。
シリーズ全体のテーマとの接続
第1作から続く「人間の傲慢」というテーマは、本作でひとつの答えに辿り着きます。 それは、“支配ではなく共存”という思想的転換です。
主要キャラクターの変化とドラマ
オーウェン:守護者から“調停者”へ
ブルーとの関係を通して、オーウェンは「恐竜を守る者」から “人間と恐竜の間をつなぐ者”へと役割が変化します。
クレア:贖罪の物語の完結
シリーズを通して罪悪感と向き合ってきたクレアは、 本作でようやく“責任を果たす存在”として描かれます。
メイジー:存在そのものが問いとなるキャラクター
彼女の出生は、科学倫理の核心に触れるテーマ。 メイジーの存在が、物語全体の“支配と自由”の議論を象徴します。
旧キャストの再集結がもたらす“歴史の回収”
アラン、エリー、イアンの3人が再び集うことで、 シリーズ30年の歴史が一本の線としてつながります。 これはファンにとって大きな感動ポイントです。
見どころ:本作が提示する“新しい恐竜映画の形”
恐竜の生態描写の深化
恐竜は単なる脅威ではなく、生態系の一部として描かれます。 そのリアリティが、作品に説得力を与えています。
アクションの方向性の変化
追いかける/追われるだけの構図から、 “共存を前提とした緊張感”へと進化。
世界規模のスケール感
島の中の出来事だったシリーズが、ついに世界全体の問題へ。 恐竜映画の枠を超えたスケールが魅力です。
本作への賛否が分かれる理由
本作はシリーズの中でも特に評価が分かれます。 その理由を整理すると、読者のモヤモヤがスッと解消されます。
- 期待していた“恐竜パニック”とは違う方向性
- シリーズの“終わらせ方”としての評価の難しさ
- キャラクターの扱いに対する意見の分裂
- 社会問題を扱うことで生まれた重さ
批判ではなく、 作品が挑戦した方向性を理解するための視点として紹介します。
シリーズ全体の中での位置づけ
『Dominion』は、シリーズの総括として重要な役割を果たします。
- 第1作:人間の傲慢
- 第2作:自然の反撃
- 第3作:倫理の崩壊
- 第4作:恐竜の再定義
- 第5作:共存の始まり
- 第6作:支配から共存への思想的転換
シリーズ全体を俯瞰すると、本作が“終章”として機能していることがよく分かります。
まとめ:『Dominion』が残した問い
本作は、観客にいくつもの問いを投げかけます。
- 人間は自然を支配できるのか
- 科学はどこまで許されるのか
- 恐竜との共存は何を象徴しているのか
- そして、私たちは未来をどう選ぶのか
『Dominion』は、恐竜映画という枠を超え、 現代社会そのものを映し出す鏡のような作品です。

旧キャストが再び揃った瞬間、胸の奥がじんわり熱くなりました。
30年近く続いてきたシリーズの歴史が、ひとつの画面に集約されるような感覚で、まるで長い旅の終わりに立ち会っているようでした。
この“再会”だけでも、本作を観る価値があると感じました。
